目黒区駒場14

駒場野公園

この公園は、東京教育大学(農学部)の跡地を利用して作られました。面積は2.8haあります。園内にはスポーツ施設、プールの水を利用した流れ、原っぱ、ケルネル水田、果樹園、雑木林、池などがあります。野鳥や虫を楽しめる公園にしていくために、雑木林の一部と池がサンクチュアリーになっています。

ケルネル田圃は、旧駒場農学校の実習田です。駒場農学校は、明治政府が近代農学に基礎を置く欧米農法を取り入れるために、農業指導者を養成する学校として明治11年に設置されました。札幌農学校がアメリカ系統の農業技術を導入したのに対して、駒場農学校にはドイツ系統の農学が取り入れられました。

ドイツ人オスカー・ケルネルは、駒場農学校の教師として招かれ、日本農業の特質を配慮しながら農芸化学を応用した実験を中心に土壌、肥料などの研究と教育を行い、多くの成果を収めました。

ドイツ人教師ケルネルの名を付けたケルネル田圃は、新しい日本農業の指導者を育てた駒場農学校の実習地の跡として貴重な史跡です。

なお、駒場農学校は、後に東京農林学校となり、東京帝国大学農科大学等を経て筑波大学に継承されました。

現在、ケルネル田圃は筑波大学付属駒場中学校、高等学校により教育水田として生徒が実習しています。

 

 

目黒区駒場13

駒場の日本民藝館です。

日本民藝館(にほんみんげいかん)は、伝統的工芸品を主に収蔵展示する美術館です。宗教哲学者、美術研究家で民芸運動の主唱者でもあった柳宗悦(やなぎむねよし)によって創設されました。

宗教哲学者、美術研究家で民芸運動の主唱者でもあった柳宗悦(やなぎむねよし)によって創設されました。

柳宗悦は、日本各地の焼き物、染織、漆器、木竹工など、無名の工人の作になる日用雑器、朝鮮王朝時代の美術工芸品、木喰(もくじき)の仏像など、無名の職人による民衆的美術工芸の美を発掘し、世に紹介することに努めました。

東京都目黒区立駒場野公園

駒場一帯は台地で、かつては駒場野と呼ばれ、笹が一面に生い茂り、所々に松林などがある原野が広がっていました。そのため、古代から中世にかけて東国武士たちの軍馬の放牧地として利用されてきました。江戸時代になると、鳥や獣が数多く生息する駒場野一帯は、鷹狩場となりました。将軍の鷹狩のたびに、田畑は人馬で荒らされ、その上、地元の農民たちは場所ごしらえや道普請、鷹の餌の昆虫集めなどに駆り出されました。江戸末期には幕府の軍事訓練所が計画され、明治に入ると初めての陸軍観兵式がここ駒場野の原野で行われました。維新後日が浅かった当時、軍事教練のスタイルもイギリス式、フランス式、ドイツ式とばらばらであったものでした。