目黒不動尊15

目黒競馬場跡

明治40年(1907)政府の馬質改良奨励により、この地に目黒競馬場が開設されました。それ以降、昭和8年(1933)府中市に移転するまで、明治、大正、昭和の三代を通して、ここで競馬が開催されました。

また、目黒競馬場は、昭和7年(1932)第1回日本ダービーが開催された記念すべき地でもあります。

馬喰坂上の庚申塔群

60日毎に巡って来る行進の日に当番の家に集まって青面金剛を祀り、長寿や豊作を祈って飲食をともにしながら夜を明かすという、庚申待ちが江戸時代の農村では盛んにおこなわれていました。庚申待ちを3年18回終えた時に建てられたのが庚申塔です。

長泉院

浄土宗の律院として宝暦11(1761)年に増上寺45世の大玄和尚を開山として建てられました。

名前の由来は「山間より清泉湧出して、境内をめぐり長るるゆえに、長泉の号あり」と「江戸名所図会」にあります。

現在、境内には、江戸時代後期の儒者松崎慊堂の墓などがあります。

田道庚申塔群

この前の道は、麻布・青山と目黒不動を結ぶ古くからある道で、その道の脇に庚申塔6基と、地蔵尊を刻んだ念仏供養塔1基が並んでいる。

庚申塔群の正面には、近代的な目黒区民センターがあります。この新旧のアンバランスな感じが、現代の東京の象徴です。

権之助坂を登って目黒駅に向かいます。

元禄(1688~1704)の頃、中目黒村田道の名主であった菅沼が、行人坂が急で人々が上り下りするのに苦労したため、幕府の許可なく新坂(現在の権之助坂)を開いたところつみに問われ処刑されました。

バス停の権之助坂です。

日出学園 目黒日本大学中学校、高等学校、幼稚園です。

目黒不動尊14

大鳥神社

 

切支丹灯籠

下目黒の大鳥神社所蔵で、昭和38年、守屋図書館に開設された郷土資料室に出品公開されて以来、中庭で展示しているものです。

元は千代が埼(現在の東京と教職員研修センター付近)の大村邸内にあり、かつてこの地にあった肥前島原藩主松平主殿守の下屋敷に祀られ、ひそかに信仰されていたものと伝えられています。

竿石の下部に刻まれた像には足の表現がなく、イエス像を仏教形式に偽装した珍しい型の切支丹灯籠で、切支丹への弾圧と迫害が厳しくなった寛永・正保・慶安の頃から江戸中期にかけて作られたものと考えられます。

大鳥神社のオオアカガシ

大鳥神社境内に生育していたオオアカガシは、基本種のアカガシに比べ非常に大きく、薄い葉を茂らせ苞や果実も大きいという特徴からアカガシの変種とみなされました。新変種命名の基準となった本樹は、学術上貴重な樹木として、昭和38年に東京都の天然記念物に指定されました。本樹の枝葉は、現在でも国立科学博物館筑波実験植物園に保管されています。

目黒寄生虫館です。

世界でも珍しい、寄生虫を専門とした博物館であり、寄生虫に関する研究・展示・資料収集・鑑定・啓蒙活動等を行っています。

多摩大学目黒中学、高校です。