大泉5

妙延寺

山号を倍光山といい、日蓮宗の寺で、本尊は釈迦牟尼仏です。

寺伝によると、永禄11年(1568)に開山円乗院日宜上人、開基加藤作右衛門によって開かれました。樹齢400年と推定される本堂前の大イチョウがその草創を語っています。

境内には千五百か寺並びに千か寺往詣成就の題目供養塔や、庚申塔・馬頭観音・地蔵尊などの石造物があります。

なお、本寺には、幕末から私塾(寺子屋)が開かれていましたが、明治7年(1874)私学校の明倫学校が開校し、後に公立豊島学校第二分校となりました。同9年には分校から公立豊西小学校に昇格しました。現在の区立大泉小学校の前身です。

寺の門前を東西に亨道路を清戸道といいます。昔から大泉や石神井の人々が農産物を江戸へ運ぶ重要な道でした。

教学院

教学院は、山号を西円山といい、真言宗智山派(豊島八十八ケ所第四十六番札所)のお寺で本尊は十一面観世音菩薩です。

寺伝によりますと、文永5年(1268)長全法印により開山され、その後正平9年(1354)児玉郡本荘城主の荘弘泰、弘朝父子が武蔵野合戦のの地橋戸村に土着し、当時を菩提寺としました。その後長い間衰微していたのを、永禄3年(1560)良賢法印が中興開山となって復興したと言われています。

明るい墓地には江戸初期からの荘氏累代の五輪塔や、宝篋印塔があります。また付近に在って廃寺となった真福寺歴代住職のの墓もあります。

大泉4

力持ち惣兵衛ノ馬頭観音

この馬頭観音は、天保11年(1840)9月に加藤惣兵衛が建立したことが印刻名から分かります。川原石で作られており、正面中央に「馬頭観世音」、両脇に「当知是処(まさにしるべしこのところ)」「即是道場」と刻まれます。背面には「七十六秤目」と刻まれ、かつて力試しに用いた力石であったことが分かります。

力石と馬頭観音とを兼ねたものは珍しく、この医師には力持ち惣兵衛と合間にまつわる伝承がいくつか残っています。

その一つの話。江戸の屋敷の主人に力を試された惣兵衛が、持ち上げた大きな石を褒美にもらい、馬の背に載せ帰る途中、馬が力尽き石に押しつぶされ息絶えてしまいます。惣兵衛は可愛がっていた馬の死をなげき悲しみ、供養のためにこの馬頭観音を作ったとのことです。

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この小泉牧場にはよく子供たちが訪れます。それはこの地域の子供たちが小学校の授業でこの牧場のことを勉強し、実際に牛の世話も体験しているからです。さらに、学校の授業が終わった後に自分から牧場を訪れる小学生も沢山います。また、小学生の子供たちだけでなく多くの地域の人たちもこの小泉牧場を訪れ、牛とふれあい、畜産体験などを行っています。このように多くの人々が訪れる小泉牧場は、地域のシンボルというべき存在になっています。