品川青物横丁1

今回は、JR品川駅から京浜急行青物横丁駅辺りを散策します。

JR山手線・京浜東北線、京浜急行線の品川駅西口(高輪口)前に品川駅創業記念碑が立っています。鉄道の開通は新橋・横浜間が最初とされていますが、自s津はその半年前の1872年(明治5)5月7日、品川・横浜間で仮営業されていた。この碑はそれを記念したものです。

品川駅では、明治5年5月7日を駅の開業日にしています。なぜかというと、新橋・品川間の工事が遅れたため、この碑に品川・横浜間で仮営業したからです。新橋・横浜間で本営業を開始したのは仮営業から4か月後の明治5年9月12日でした。今日では10月14日を「鉄道の日」としています。品川駅は日本で一番古い鉄道の駅と言えます。

八ツ山橋を走る京浜急行電車です。

八ツ山橋の上からJR山手線を見下ろします。

八ツ山橋と高輪方面です。

旧東海道と品川宿

江戸と上方を結ぶ重要な交通路である東海道に宿場が初めて設置されたのは慶長6年(1601)のことです。全国的な交通網を整備しようとする徳川家康の計画によるものでした。既に戦国時代から北品川と南品川の両宿があったのを江戸幕府が新しく設定しました。後に、北品川宿の北、高輪寄りに茶屋や旅籠屋が伸びていき、享保7年(1722)には歩行新宿の成立を見るに至り、この三宿を品川宿と言いました。日本橋から今日にいたる東海道五十三次の第一番目の宿場として大変にぎわったといいます。

高輪泉岳寺10

高輪泉岳寺10

明治学院大学です。

学内での飲酒は禁止されているそうです。

明治学院記念館

明治23年(1890)、神学部校舎兼図書館として作られました。設計、管理をしたのは、アメリカ人で当時の明治学院教授ランディスしでした。

 

元は1、2階ともレンガ造りでしたが、明治27年(1894)に大きい地震があり、2階部分と屋根が被害を受け、今のように2階だけ木造になりました。様式は、ネオ・ゴシック。19世紀半ば、イギリスの建築にはゴシック・リバイバルの動きがあり、煉瓦を作った素朴で絵画的な建築が作られました。

林の向こうが明治学院インブリー館です。

明治学院で教えた宣教師の住宅として、1889(明治22)年頃に建てられました。当時構内に建てられた宣教師住宅のうちただ一つ現存するもので、ウィリアム・インブリー博士が長年住んでいたことから「インブリー館」と呼ばれてきました。建築様式的には19世紀後半のアメリカの住宅様式を反映しています。

オオムラサキツツジ

ツツジの中では大型で、鮮明な紫紅色の花をつける。葉も大型で明緑色なため、現代的な雰囲気をもつ。大気汚染に強い花木で、道路緑化などに多用されています。

カトリック高輪教会

グランドプリンスホテル新高輪

柘榴坂 ざくろざか

坂名の起源は伝わっていません。ざくろの木があったためか。江戸時代はカギ形に曲がり明治に直通して新坂と呼んだ。

品川駅