トルコ・サントリーニ 6

元々は東ローマ帝国(ビザンツ帝国、ビザンティン帝国)時代に首都コンスタンティノープルで建てられたキリスト教正教会の大聖堂を起源とし、帝国第一の格式を誇る教会、コンスタンティノープル総主教座の所在地であったが、1204年から1261年まではラテン帝国支配下においてローマ・カトリックの教徒大聖堂とされていた。

その後はオスマン帝国によるコンスタンティノープルの陥落が起きた1453年5月29日から1931年までの長期間にわたりイスラム教モスクとして改築を繰り返し使用されて現在の特徴的な姿となった

トルコ共和国政府は1935年2月1日、世俗的な博物館とし、それが2020年7月まで続いた。

東ローマ帝国の代表的な遺構であり、しばしばビザンティン建築の最高傑作と評価される。

その歴史と威容から、キリスト教建築物でありながらオスマン帝国の時代においても第一級の格式を誇るモスクとして利用された。

日本語では慣用的に「ハギア・ソフィア」と呼称されるが、正教会では「アギア・ソフィア大聖堂」または「ハギア・ソフィア大聖堂」とも呼ばれる。

アヤソフィア、あるいはハギア・ソフィアと命名された教会堂建築は、ギリシアやトルコなど、かつての東ローマ帝国(ビザンティン帝国、ビザンツ帝国)領内の各地に数多く残されているが、単にアヤソフィアと言った場合、イスタンブールのアヤソフィアを指すことが一般的である。

元来の名称であるハギア・ソフィアはギリシア語で「聖なる叡智」を意味し、その中世の発音「アヤ・ソフィア」がトルコ語名「アヤソフィア」の由来である。

中央がキリスト

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