高輪泉岳寺1

山手線田町駅から品川駅方面に向かって、第一京浜を南下します。第一京浜は国道15号で、京浜地区においては「一国(いちこく)」などとよばれます。三田ベルジュビルのオープンテラスです。5月の薫風すがすがしい季節です。

左が聖徳のビル、遠くに東京タワーが見えます。

東京三田再開発プロジェクトで、住友不動産オフィスタワーが誕生するらしいです。

右のビルに、青をバックに御田八幡神社の表示があります。

笹川記念会館の正面に立つ銅像です。

日野原記念クリニックは、聖路加国際病院サテライトクリニックです。

高輪大木戸は、江戸時代中期の宝永7年(1710)に芝口門に建てられたのが起源です。享保9年(1724)に現在地に移されました。現在地の築造年には宝永7年説、寛政4年(1792)等諸説があります。

江戸の南の入り口として、道幅約6件(約10メートル)の旧東海道の両側に石垣を築き夜は閉めて通行止めとし、治安の維持と交通規制の機能を持っていました。天和2年(1682)には、札ノ辻から高札場も映された。この高札場は、日本橋南詰・常磐橋外・浅草橋内・筋違橋内、半蔵門外とともに江戸の六大高札場の一つでした。

今日登り、東下り、伊勢参りの旅人の送迎もここで行われ、付近に茶屋などもあって、当時は品川宿に至る海岸の景色も良く、月見の名所でもありました。

江戸時代後期には木戸の設備は廃止され、現在は海岸側に幅5.4メートル、長さ7.3メートル、高さ3.6メートルの石垣のみが残されています。

よつや大木戸は既にその痕跡を止めていないので、東京に残された数少ない江戸時代の産業交通土木に関する史跡として重要です。

歩道を歩いていると、このケヤキの木が突然現れてゆく手を遮ります。

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