江古田の浅間神社
浅間神社(あさまじんじゃ、せんげんじんじゃ)は、「浅間」を社名とする神社。主に富士山に対する信仰(富士信仰/浅間信仰)の神社です。
富士信仰に基づいて富士山を神格化した浅間大神(浅間神)、または浅間神を記紀神話に現れる木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやびめのみこと)と見てこれを祀る神社です。
富士山は古くは「福慈神」・「不尽神」と記載されるような霊妙な神山・日本鎮護の神山でした。しかし奈良時代末から火山活動が活発化し、火山神(浅間神)としての信仰(浅間信仰)として全国に広がりました。
「浅間(あさま)」の語源については諸説あるが、長野県の浅間山のように火山を意味するとされます。「あさま」は古称で、もう1つの称「せんげん」は中世以降から用いられたとされます。
江古田の富士塚
社伝の後ろに築かれている塚は、富士山を模して築いた富士塚です。富士山を信仰する集団である富士講の一派、小竹丸祓講によって江戸時代に築造されたと考えられています。塚に登拝することによって、実際の富士詣りと同じ霊験が得られるとされました。
南斜面には富士の溶岩を配した登山道が造られ、合目石や経ヶ嶽、小御嶽神社、天狗像などの石造物が立っています。頂上には天保十年(1839)銘の石祠があります。
高さ約8メートル、経約30メートルあり、徳内の富士塚の中では大規模なもので、庶民信仰の様相を示す。