八坂神社と中里富士
当社は旧橋戸村の鎮守で、祭神は須佐之男命です。何時の頃か、京都八坂神社(祇園社)の分霊を勧請して創建されました。
祇園社の守護神は牛頭天王であり、この辺りの字を「中里」と言ったので、村人からは「中里の天王様」と親しまれてきました。
境内末社に稲荷神社・浅間神社・御嶽神社が奉祀されています。額堂には江戸時代からの絵馬が数多く奉納されています。また昔から、境内の樹木の枝を折ると熱病にかかるという言い伝えがあります。
中里の富士塚は、南側の基部からの高さが約12メートル、経が約30メートルあり、区内最大規模の富士塚です。明治初期に講中によって築造されたと言われていますが、文政5年(1822)の石碑があることから江戸時代既にその原型があったと思われます。合目石に沿って頂上まで登ると、36基の石造物があります。中でも道祖神の碑は区内で唯一のものです。毎年8月1日に山開きが行われます。
白子川のサギです。
八坂神社の周りには農家があり、農業用資材が置いてあります。
柑橘類
ネギ
柿
農家のそばには、大きな通りと大きなビルが並んでいます。ここは、笹目通り(ささめどおり)で、東京都練馬区と埼玉県和光市辺りの道路です。
戸田漕艇場が1964年東京オリンピックのボートレース会場になった際に整備されたため、当時は「オリンピック道路」と呼ばれていました。
開通当時は埼玉県戸田市大字笹目を通っていましたが、のちの住居表示で笹目と笹目南町になったため、現在は笹目を通らないにもかかわらず笹目通りという名称になっている。