文京区白山6

後ろに猫が歩いています。

夏目漱石は明治36年1月英国から帰り3月3日ここ千駄木町57番地に居を構えました。前半2年は一高と東大の授業に没頭しましたが、38年1月「吾輩は猫である」「倫敦塔」等を発表して忽ち天下の注目を浴び、更に「猫」の続稿と並行して、39年初めから「坊ちゃん」「草枕」「野分」等を矢継ぎ早に移り、翌40年4月朝日新聞に入社し、以後捜索に専念した千駄木町は漱石文学発祥の地です。

森鴎外も前に(明治23年10月~25年1月)その家に住んでいました。家は近年保存のため移築され、現在犬山市明治村にあります。

夏目漱石旧居跡

夏目漱石 本命・金之助。慶応3年~大正5年(1867から1916)。小説家。この地に、漱石がイギリス留学から帰国後の3年間、現在の西方1丁目に移るまで、住んでしました。家主は東大同期の斉藤阿具氏)

この家は「猫の家」と呼ばれて親しまれました。

日本医科大学医学部

1876年(明治9年)に長谷川泰により創設された済生学舎を前身とし、開学140年以上、日本でも有数の歴史を持つ私立医科大学です。

1903年(明治36年)8月31日、済生学舎創立者長谷川泰による済生学舎廃校宣言直後に創立者磯部検蔵によって設立された「済生学舎同窓医学講習会」、「医学研究会」、日本医学校の設立や私立東京医学校との合併、専門学校令による旧制日本医学専門学校の時代を経て、1926年(大正15年)の大学令によって旧制日本医科大学となりました。戦前に大学令によって旧制大学に昇格したのは私立医大では3校であり、慶應義塾大学医学部、東京慈恵会医科大学と共に、私立医大御三家と称されることがあります。

東京女子医科大学は前身の済生学舎出身の吉岡弥生(1892年卒)によって創立され、東京医科大学は日本医学専門学校から袂を分かった人々によって創立され、埼玉医科大学は卒業生の丸木清美により設立された経緯があります。

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