アンコール・ワットの旅3:浜名湖 渥美半島 モリソン号 黒船 幕末 空海 室戸岬 足摺岬 四万十川 坂本龍馬 武市半平太 機内食

浜名湖です。40年も前に天竜浜名湖鉄道に乗ったことがあります。

会社のリクリエーション施設があって、そこに泊まって、海水浴をしました。

滿汐になると太平洋の冷たい海水がすごい勢いで入ってきます。クラゲが大量に泳いでいますが、このクラゲは刺さないので、子供たちは「クラゲちゃん、クラゲちゃん」といって手に持って遊んでいました。あさりもたくさん取れるのですが、東京に持っていくまでに腐ってしまいます。そこで、自動車のクーラーの冷気が出てくるところに置いておくと、傷まないで新鮮なまま東京まで持ち帰ることができます。

渥美半島です。電照菊の産地であり、渡辺崋山の出身地として有名です。渡辺崋山は、1838年にモリソン号事件のことを知り、幕府の打ち払い令に反対する『慎機論』を書きました。このため、高野長英とともに蛮社の獄により、蟄居となり、その後切腹しました。モリソン号には音吉(おときち)ら7人が乗船していました。音吉は愛知県知多半島出身で、遠州沖で暴風に遭い難破・漂流しました。1年以上太平洋を漂流しアメリカに到着したときには、岩吉、久吉の3名だけで、残りの4人は壊血病で死亡しました。この3人は大西洋、ヨーロッパ、アジアを経由して、最終的に日本に送り届けたのがアメリカのモリソン号です。しかし、幕府はこのモリソン号に砲撃しました。この物語は、三浦 綾子の「海嶺」に描かれています。その後1953年の黒船来航、幕末へとつながります。

右側が鳥羽市です。

鳥羽市のアップです。

軽食です。成田で納入されたので、日本的な料理です。

四国の室戸岬です。  室戸岬で修行をしている時に、口に明星飛び込んで来て、空海は悟りを開いたといわれています。洞窟の中で空海が目にしていたのは空と海だけだったので、空海と名乗った言われています。

室戸岬と足摺岬の間の土佐湾、太平洋です。

この海を坂本龍馬や武市半平太が見ていました。

赤目で有名な四万十川と足摺岬です。ここは以前、中村市でしたが、清流の四万十川が有名になったので、四万十市に名前を変更しました。

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