板橋志村2

戸田橋の親柱(おやばしら)

これは、荒川にかかっていた三代目戸田橋にあった親柱です。

江戸時代の中山道は、荒川を渡し船で渡っていました。橋が架けられたのは、明治8年(1875)、長さ135m、幅4.2mの木製で、初めは通行料をとる有料橋でした。二代目は、路面を土で固めた木製土橋で、大正元年(1912)の完成です。

大正12年の関東大震災後、都市くする東京の北の玄関口として架けられたのが三代目戸田橋です。昭和7年(1932)に完成したこの橋は、長さ545m、幅11mで、当時の橋梁技術の粋を集めた近代的なトラス構造の鉄橋でした。

昭和26年からは橋のたもとで納涼花火大会が開催されるようになり、同39年の東京オリンピックでは、聖火ランナーがこの橋を渡りました。

小豆沢公園内には、小豆沢貝塚があります。それでは、なぜ、海に面していない板橋区に貝塚が多く存在し、そこから見つかる貝類はハマグリやカキなどの海の貝類が多いのでしょうか。これらの貝塚の立地を見ると、すべて低地に面した台地上にあることがヒントになります。

今から約6000年から7000年前、縄文時代早期末から前期前半の時期は、今より気温が高く、それに伴って東京湾は板橋区高島平・三園・蓮根・坂下地区などの低地域をはじめ、さいたま市大宮区・岩槻区まで入り込んでいたため、区内には貝塚が多いのです。

 

小豆沢公園、貝塚は現在工事中で入れません。

完成は令和2年5月の予定です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です