京都 9

清水寺から三十三間堂に向かいました。

久寿2年(1155)、第77代天皇として即位した後白河天皇は、わずか3年で二条天皇に位を譲って以後、上皇として院生を行いました。三十三間堂は、その御所に造営されましたが80年後に焼失し、間もなく、後嵯峨上皇によって再建されました

その後も手厚く護持され、室町期、足利第六代将軍義教により本格的な修復が行われました。

通し矢が行われた、お堂の軒下です。現在は修復工事中。

中央の巨像(中尊)を中心に各500体、合計1001体がご本尊。

雲座に載った風神と雷神像

古代人の自然や天候に対する恐れや感謝の心が、空想的な二神を想像し、風雨をつかさどり、五穀豊穣をもたらす神々として信仰されました。太鼓を打つ雷様と風の袋を抱えた風の神

観音二十八部衆像

後白河法皇院政庁址碑

後白河院が約30年にわたり院政を行った政庁

上皇になると天皇の住まう御所とは別のところに専用の院御所を造営する

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です