サントリーニ島
17世紀の地図には5つのカストロと呼ばれる城塞集落が描かれているが、現存するカストロはピルゴスだけである
18世紀には農産物とワインの輸出に乗り出したギリシアの貿易商人達によって、係留した船が見下ろせるカルデラの絶壁に商館と集落が築かれるようになった
この時期に最も栄えたのがイアの街である
20世紀に海運の主力が帆船から蒸気船に移行するとともに、サントリーニ島の重要性も薄れてしまい、海運業者達はサントリーニ島から、ピレウスなどの近代的な港へと移っていった
急速に衰退しつつあった絶壁街区は1956年の震災によって壊滅状態に陥った
政府は背後の緩斜面に被災住宅を建築し、絶壁街区への居住が禁止された
その後の20年間街区は放置されたが、乗組員居住区が復元されてペンションに改装されるなど、観光業に利用されるようになった
キクラデス諸島の中では、ミコノス島と並んで人気のある観光地であり、またリゾート地としても知られる