京都 17

二の丸御殿

二の丸御殿

将軍上洛の際の居館として、徳川家康により江戸初期の慶長8年(1603)に造営され、寛永3年(1626)、後水尾天皇行幸に備えて、第3代将軍家光の代に改造が行われ、現代の姿になりました。

慶応3年(1867)には、第15代将軍慶喜により、大政奉還の発表が行われました。

釣鐘(つりがね)

鐘は京都所司代屋敷で家事等の緊急事態を周辺に知らせるために使われました。

二の丸庭園

慶長8年(1603)の築城時に作られ、寛永3年(1626)に作事奉行・小堀遠州の下で改修された庭園です。

この時期の城郭には、居住のための御殿と共に豪華な庭園が造られました。

二条城二の丸庭園

二の丸御殿は、全6棟の建物からなり、江戸初期に完成した住宅様式である書院造の代表例です。

二条城のほかには名勝名古屋城二の丸庭園、名勝和歌山城西之丸庭園、名勝旧徳島城表御殿が残っていますが、いずれも火災等で御殿が失われているため、二条城は御殿と庭を一体的に鑑賞することができるわが国で唯一の事例です。