2019年4月19日に南池袋で起きた交通事故では、母子が亡くなり、10人以上が事故に巻き込まれました。ここは、その事故現場付近です。
交番のおまわりさんに、「巣鴨プリズンの石碑はどこにありますか?」と尋ねたところ、巣鴨プリズンという言葉の意味が分からなかったようです。おまわりさんは定年前ですから50歳代なのでしょう。50歳代は巣鴨プリズンを知らないのでしょう。
巣鴨プリズンは、第二次世界大戦後に設置された戦争犯罪人(戦犯)の収容施設です。東京都豊島区西巣鴨(現・豊島区東池袋)の東京拘置所施設を接収し、使用した。
1948年(昭和23年)12月23日には、極東国際軍事裁判により死刑判決を受けた東條英機ら7名のA級戦犯の死刑も執行されました。この時、巣鴨プリズンの鐘が鳴り、傍に住んでいた小沢昭一の父親が、「東条英機も死んだ。」と言ったそうです。
永久平和を願って
巣鴨プリズン跡地の石碑は無く、この石碑だけがありました。
石碑の裏側です。
「第二次世界大戦後、東京市谷において、極東国際軍事裁判所が課した刑及び他の連合国戦争犯罪法廷が課した一部の刑が、この地で執行された。
戦争による悲劇を再び繰り返さないため、この地を前述の遺跡とし、この碑を建立する。 昭和53年6月」
猫がいます。後ろの青いビニールはホームレスです。