古代中国ではオーロラは天に住む赤い龍に見立てられ、やはり西洋と同様に政治の大変革や不吉なことの前触れであると信じられていた。
古代中国には赤い蛇のような体を持ち、体長が千里におよぶとされる燭陰という神が信じられており、中国の神話学者・何新は、大地の最北極に住む燭陰はオーロラが神格化されたものではないかと論証している。

その一方で中国の考古学者・徐明龍は、燭陰を、中国神話の神である祝融と同一神であるとし、太陽神、火神ではないかと述べている。 
また中国の古文書の中で「天狗」「帰邪」「赤気」「白気」「竜」などと表現されている天文現象の中にも、オーロラのことを指しているのではないかと推測されるものがある。

近代以降、両極を探検した人々がオーロラを記録に残し始めた。

ジェームズ・クックは、1773年2月の航海日誌に「天空に光が現れた」と残しており、南半球のオーロラを見た最初のヨーロッパ人であると言われている。

オーロラを世に広く知らしめ、社会のオーロラへの関心を大きく高めた出来事としては、ジョン・フランクリン隊の遭難が挙げられる。

フランクリンは北西航路を発見するために1845年に出港し、その後、行方不明となった。

消息の途絶えたカナダ北部へとフランクリン隊を探すために多くの救助隊が向かい、そこで見たオーロラを報告書や回顧録に残したのである。

両極を探検した人々もオーロラを手記や記録に残している。 
