バンフ・イエローナイフ・バンクーバー Banff Yellowknife Vancouver 88

イエローナイフのオーロラ

チャップマンとアルヴェーンの間で磁気嵐を巡る論争が起こり、チャップマンは「数学的な解に十分な基礎をおかない思索を避けねばならない」といい、アルヴェーンは「プラズマは数式を嫌い、そしてまた数式の示すところに従いたがらない」といい、ステルマーは「オーロラがカーテン状である理由を説明できない理論はオーロラの理論と呼べない。

結局私の理論が一番正しいはずである」といった。

分光

オーロラの光そのものを分析し、何が光っているのかを調べる研究もなされていた。だがこのアプローチは、分光学そのものの発展を待たねばならなかった。

オーロラ分光学が始まったのは1850年代、そして最も代表的な緑白色の光の波長が正確に測定されたのは約70年後の1923年である。

当時の真空放電の装置では緑白色の光を再現できなかったり、分光が不正確で間違った同定がなされたりもした。

アルフレート・ヴェーゲナーは、大気の上層には「ゲオコロニウム」という下層に存在しない元素があり、これが発光のもとではないかと考えた。

ウィリアム・ラムゼーは著書の中で、「太陽中の放射性元素から放出されて飛来する電子が、大気中のクリプトンを励起することによってオーロラは作られる」と述べている。

ラース・ヴェガード(英語版)は電離した窒素分子の出す光と電離してない窒素分子から出る光を同定した。

また、窒素の放電管実験で出る光のうちにオーロラの中にも見られる光が一つ有ることを発見した。