サンフランシスコ・モルトショップクルーズ 17

アルカトラズ島

1915年、島は「合衆国矯正兵舎太平洋支所」と改名された。受刑者は軍事訓練、矯正教育、職業補導などを受けた上、刑期満了後多くは軍務に復帰した。

夜間は監房に収容されるが、昼間は各自の仕事、授業、レクリエーションで時間を過ごした。規律違反の場合は、独房に収監されたり鎖につながれたりした。

しかし立地上、島内への水と食糧の供給に費用がかさみ、1930年代初頭の大恐慌もあって、アメリカ軍は1933年、アルカトラズ島の刑務所を閉鎖することとなった。

サンフランシスコ

サンフランシスコの沿岸部から山間部、モントレーには、スペイン人が「コスタノ族」と名付けたインディアン部族の「オーロネ族」が、葦を編んで家屋やカヌーを作り、漁猟や狩猟採集を営んで生活していた。

しかし、19世紀に押し寄せた白人による土地収奪によって衰退し、20世紀初頭には「絶滅した」として、保留地など、アメリカ連邦政府との連邦規定に準ずるすべての権利を剥奪された。

サンフランシスコ・ベイエリアには、このオーロネ族の「ムウェクマ・バンド」の部族員約400人が暮らしているが、彼らも「絶滅した」ことになっているので保留地を領有出来ない。

彼らの伝統的な墓地と貝の土塁は「遺跡」扱いされて1980年代に破壊され、部族の猛抗議を無視してショッピング・センター「ベイ・ストリート・モール」が建てられた。

この「遺跡」から奪われたオーロネ族の先祖数万人分の遺骨は、カリフォルニア大学バークレー校で展示されている。

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