ルクソール神殿
前廊の両側にはムト(東側)とコンス(西側)の礼拝堂があり、小列柱室となる前廊よりさらに神殿奥の聖舟祠堂・至聖所へと通じていた。

ローマ時代の内陣
本来、神殿の奥につながっていた前廊(第1前室)は、ローマ軍団の駐屯によりローマ皇帝崇拝の礼拝堂となった。

8本の柱は取り壊され、奥の至聖所に向かう入口は壁龕(後陣、アプス)の構築により塞がれた。 
壁龕の両側に2本の花崗岩のコリント式円柱が施されている。 
第18王朝の壁面レリーフの上にフレスコ画による装飾がなされ、フレスコの剥がれた部分にかつてのレリーフ装飾が見られる。

奥行き 1.5メートル (5 ft) の後陣の壁龕上部に描かれたフレスコによる4人の肖像画は、ディオクレティアヌス(在位284-305年)による四分統治(テトラルキア)の4人を描いたものといわれる。 
塞がれた後陣壁龕部にはその後、王による供物奉献広間に通じる狭い入口が開けられた。

アメンホテプ3世の「誕生の間」
聖舟祠堂の東側に位置し、西壁のレリーフ装飾には、神アメンによる王アメンホテプ3世の母ムテムウィヤ(トトメス4世の妻)の妊娠と王の誕生に続き、生まれた王がアメンに披露され、諸神に養われた神の子として、将来ファラオとなる場面などが描かれる。

オペト祭においては、この「誕生の間」で神(神妻)と王(ファラオ)の「聖婚」儀礼が行われ、王は神と融合して大神アメン(アメン=ラー)の子に転生した。

聖舟祠堂と至聖所
アレクサンドロス3世の祠堂
例年のオペト祭により到着した三柱神の聖舟は、外側の聖舟祠堂で中継された後、神殿の深部に運ばれて大祭の宗教儀礼が行われていった。

