板橋宿9

東光寺

御本尊 阿弥陀如来(あみだにょらい)

宗派 浄土宗(じょうどしゅう)

丹船山薬王樹院(たんせんざんやくおうじゅいん)

創建年次は不明ですが、寺伝によると延徳3年(1491)に入寂した天誉和尚が開山したと言われています。当初は、船山(現、板橋3-42)辺りにありましたが、延宝7年(1679)、加賀前田家下屋敷の板橋移転に伴って現在の場所に移りました。

宇喜多秀家は、備前岡山の大名で、豊臣秀吉の信任が篤く、五大老にも任命されました。

関ヶ原の戦い(1600(慶長5)年)に敗れた西軍の副将宇喜田秀家は、八丈島に流罪となり、罪を許されることなく明暦元年(1655)に83歳で同地で生涯を終えました。秀家の正室が前田家の出であったことから、明治になり、秀家の子孫は、前田家の援助で、平尾の地に秀家の墓を移しました。六道利生地蔵尊は、元は同中の安全を願って平尾の追分に建っていたもので、『寛文2(1662)年』の銘のある庚申塔があります。

境内には、昭和58年度、板橋区の有形文化財に指定された寛文2年(1662)の庚申塔と平成7年度、板橋区の有形文化財に登録された石造地蔵菩薩坐像、明治になって子孫が供養のために建立した宇喜田秀家ノ墓などがあります。